歌い続けていくことが大事、山川豊 歌手の原点を振り返る
INTERVIEW

歌い続けていくことが大事、山川豊 歌手の原点を振り返る


記者:村上順一

撮影:

掲載:18年06月08日

読了時間:約12分

母の姿が強烈に脳裏に残っている故郷

山川豊(撮影=冨田味我)

――持ちつ持たれつなんですね。さて、「今日という日に感謝して」がリリースされて1カ月が過ぎました。今作は故郷をテーマにされてるんですよね。

 故郷という名の原点ですね。生まれた故郷も原点であるし、レコード会社のスタッフ時代も原点、デビューした時期も原点で。37年やってきたなかで、故郷や兄弟について書いた曲が少なかったんです。その故郷での出来事が発奮材料になったりもしました。僕の場合は父と母の姿がそれに当たります。母は海女さんなので海に潜っている姿とか…。
 それは田舎に居れば当たり前の光景だったけど、上京してからは凄い仕事だなと感じました。ギリギリのなかで生活してましたから。1000円の給食費を払わなくてはいけなくて、それをどうにかするために頑張っている母の姿が強烈に脳裏に残っています。それもあって故郷に感謝しなければ、地元の歌を歌わなければという想いが出てきました。

――つい先日も故郷でこの曲を歌唱されてましたよね。歌詞に出てくる神明神社の石神さんというのは鳥羽の名所なんですよね。

 そうです。縁結びの神様なのですが、ご利益があるという噂がインターネットで広まりました。願いが成就された方が多かったみたいで。水族館と1、2を争う観光名所と今ではなりました。

――何でも女性の願いを叶えてくれるとのことで。

 そうなんです。女性の願いをひとつだけ叶えてくれるみたいで。仕組みはよくわからないんですけど、噂では叶ったらまた次も叶うみたいです。叶う確率も高いみたいでリピーターも多くて、コンサートなどでみなさん私に報告してくれるんです。

――鳥羽に行ったらオススメのスポットですね。ちなみに山川さんは神社などでお願い事などされる方でしょうか。

 しますね。みんなが健康でありますようにとしています。やっぱり体が資本ですから。

――デビュー当時はキャンペーンなどで忙しかったと思うのですが、体力面は大丈夫だったのでしょうか。

 もう、寝る暇もないほどでしたね。朝から晩まで歌いっぱなしでした。レコード会社のスタッフとして働いていた時は村田英雄さんや松山恵子さんのキャンペーンを一緒に回っていましたが、売れている方は夜のキャンペーン回りはなかったので、自分の時には夜もあってびっくりしました。それもあって食事もすぐに食べられるパンがメインでしたから。今ではコンビニや24時間のレストランもあるので温かいものがいつでも食べられますけど、当時はコンビニもなかったので温かいものに飢えていましたね。

――その中で1日中歌い続けるというのは、今の時代では考えられませんね。

 そうですね。コンサートだって100本、150本とか当たり前の時代でした。そこにまたテレビの生放送や収録が入って来ますからとんでもないですよ。

――先程話されていたセールスが落ち込んだ時代はどのように乗り切って来たのでしょうか?

 原点に戻りました。それこそ、スナックでも何でも回ってやろうという気持ちで。周りからは「紅白にも出演したのに…」と言われましたけど、そんなの関係なかったです。最初は悩みましたけど、もうイチから出直すしかなかったですから。

――また原点に返るというのは勇気がいりますよね?

 いりますね。「山川豊も落ちぶれたもんだな」と言われたこともありましたから。でも、心の中で僕はファンの方に「待っててね」という気持ちで歌い続けてました。

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