信頼関係があって続けられた15年
――今もMICHAELと平行しての活動は大変だと思いますが、SOPHIA活動時もかなり忙しい日々を送っていましたよね。音楽活動と平行し、役者業をおこなうのはかなり大変だったんじゃないですか?
正直大変でした。ただ、何にでも出ていたわけではないので。先にも言いましたが、僕は、相手が、それはプロデューサーの方なのか、映画監督なのか、その作品を世に出そうとしている方が「この作品のために松岡充に手を貸して欲しいんだ」と声をかけてくださったときに、実際に話をしたうえで「じゃあ、やります」と言葉を返すスタイル。全ては信頼関係のうえで成り立っていること。単に連絡のみが飛び込んでくるようなオファーは断ってきたし、今も、そうしています。
――あくまでも、その方と一緒に何をやるかが重要というわけですね。
そうです。その信頼関係のもとに活動を続けてきたら、いつの間にか役者としても15年間という歴史を重ねてきました。音楽活動自体はもう20年以上経過してますけどね(笑)。
――皆さん、松岡さんに魅力を感じて声をかけてくるわけですが、本人はその辺をどう受け止めているのでしょうか?
正直、わかんないです。舞台一つを取ってもオケを入れておこなうグランドミュージカルのような作品から、芝居のみのストレートプレイの舞台もある。映画やTVドラマでも、いろんな役柄でのオファーが飛び込んでくる。それこそ、仮面ライダーエターナル(2010年・2011年映像作品)からNHKの朝ドラ(NHK朝の連続ドラマ小説『風のハルカ』/2005年―06年)までと多岐に渡っていますからね。
たとえば、監督や作家さんと懇意な間柄で“その作品には必ず出てます”というスタイルがあると思います。僕も、鈴木おさむさんの作品にはよく出させてもらっていますけど、決して専属のように出させていただいているわけではなく、1作品ごとにちゃんとお話があって出させていただいてます。そこの面でも多岐に渡っています。
――いろんな方々との繋がりを持っている強みもありますよね。
確かに、広い分野の方々との出逢いを通して一緒にものを創っています。しかも、皆さん「初めまして」ではなく、互いの関係性を築いたうえで誘いをかけてくださるから、一緒に作品を創ることで、さらに強い絆を築いていける。そこはとてもありがたいですよね。
その先には何もない、真の価値とは
――松岡さんは、積極的に出逢いの場を求めては足を運んでいるタイプですか?
いや、決してそんなことはないです。僕は他のバンドさんの打ち上げとかにも行かないですし…どころか、飲み会自体に参加しませんからね。それもあるのか、僕個人に関しては、バンド同士の横の繋がりはほぼないです。じゃあ、ドラマや映画の打ち上げには出るのかと言ったら、そこも非常に付き合いの悪い奴で(微笑)、そもそも酒が呑めないから打ち上げにも行かないんですよ。逆に、そのおかげで誰とでもフラットに付き合えているのかも知れないです。
――そうした背景があるのかもしれませんが、フラットな状態にしておくのは大事なことなのでしょうね。
何かに寄り掛かるよりは…、という姿勢だと思います。それこそ20代前半はガツガツと音楽活動をしていて、デビューのチャンスをきっかけにSOPHIAを通して30代を駆け抜いていた時期、40代になった今とでは、考え方も大きく変わったことも大きいんでしょうね。
特にSOPHIAでデビューして間もない頃は、「少しでも前に、少しでも上に」「少しでもランキングの上位へ」「大きいホールへ駆け上がりたい」「日本武道館を何回出来るバンドでいられるか」など、果敢に攻めていくことに自分たちの生き甲斐を見出していました。
だけど、ある程度の経験則を踏まえ40代にもなってくると、そういう活動にはあまり意味がないことに気づくというか。規模を広げるのではなく、本当に納得のいく作品を、心から一緒に手がけたい人たちと共に作品を創り上げていく。そのうえで、相応な結果がついてくればそれでいい。とにかく「仕事だからこれをやりきらなきゃ」ではなく、「ひとつひとつの活動を楽しみ、納得のいくものにしていくため」に極力ストレスを省いていく方法を今はとってるんだと思います。
――若いうちは、規模を大きくしていく倍々ゲームを求めたがる時期でもありますからね。
そうなんですよね。そのときに、「もっと全体を俯瞰して捉えろ」と言われても、当時の僕らには絶対に見られなかったですからね。実際に僕らもわかんなかったし、とにかく「その先に何があるんだろう」という「その先」を観たくて突き進んでました。
でも今は、「その先には何もないんだ」というのがわかってる。むしろ、何もないんだったら、進んでいく過程の中で生まれたり、出逢ういろんな景色を見逃さないようにしていたい。特に、人の気持ちは、そう。進んでいく中で触れ合う人たちの心をしっかり見ていくと、そこにこそ価値のあることが分かってくる。まぁ、先が見えない時期は、一度ゴールテープを切ってみないと分からないことも多いですかね。でも、突き進んだことに対しては決して無駄ではなかったと思います。
憧れ仮面ライダー、もう老後の想い出は十分に出来た
――松岡さんは自身が憧れていた「仮面ライダー」シリーズにも出演しています。
仮面ライダーエターナルを演じられたことで、もう老後の想い出は十分に出来ました(笑)。これは消極的な発言とは捉えて欲しくないんですけど、僕は今、音楽も役者もガツガツ活動する必要がない。それよりも、本当に好きな奴らと一緒に音楽を創り続けていきたいし、本当に僕を求めてくれる人たちのために演じられればそれでいいと思ってる。しかも、その規模は大きくなくていいんですよ。ただ、「あいつは面倒くさい奴だ」と裏では言われてるかもしれないですけどね(笑)。
――それだけ、妥協はしたくないし、自分のスタンスが大事だからということですよね。
反抗してやろうなんて気持ちはさらさらないんですけど、最初に「こうですよね、だったらやります」と言ってたことと内容が変わっていく場合があるんですよ。そうなると、「あれっ、最初に言ってたことと違ってない?」となり、つい口を出してしまうんです(笑)。
――舞台は特に、稽古を重ねながらどんどん変わっていくものじゃないですか?
変わります。そのたびに「なにか違う、もう嫌だ、もうやりたくない」といつも思ってます。だけど、最後までやってしまうんですよ。そこは、みんなにも言われますよね(笑)。それこそドラマの経験だって、そう。初めて『人にやさしく』に出演したときに、僕は慎吾ちゃん(香取慎吾)や加藤さん(加藤浩次)に「このドラマでとてもお世話になりました、役者はこれが最初で最後です。僕は二度と役者はやりません」と挨拶をして別れたんですね。なのに、翌年にはドラマに出演してましたからね(笑)。いまだにあのお二人と会うと言われますもん、「役者に復帰したのすぐだったよね」って(笑)。やっぱり、人に期待を抱かれたら「頑張ろう」という気持ちになっちゃいますからね。
――今は、役者としての面白みをどのように感じているのでしょうか?
例えば舞台だったら、1カ月なり2カ月に渡り稽古を重ね、そのうえで本番の舞台に上がる。その舞台で演じている間だけは、まったく別の人格になるわけじゃないですか。さらに言うなら、その稽古期間が2カ月であれ3カ月だろうと、その時期だけは別の人格を持った人の、しかもギュッと濃縮した人生も僕は一緒に背負いながら生きている。それは普通に暮らしてたら絶対に経験出来ないこと。さらに言うなら、1カ月前に初めて会った女優さんを芝居のうえとはいえ本気で愛し、同じく「初めまして」と会った仲間たちと本気の友情を育んでいく。正直、大変すぎて精神的にしんどいときもありますけど、それがまた面白さでもあるんですよね。
――しんどいと感じるときもあるんですね。
これは僕の考え方なんですけど、15年間役者をやり続けてわかったのが、役者のみで活動をしている方々は、ソフトを入れ換えて他の役柄にチェンジしていくし、そうしないと自身(の精神や肉体)がもたないんだと思います。だけど僕の場合、松岡充という本体に、毎回ハードディスクをがっつり埋め込んでしまうから、違うことをやるとなると、そのハードディスクを一度綺麗に抜き取る作業をしなきゃいけない。一度抜き終えたときは、そうそう簡単に他のことは出来ないです。それくらい役に向き合うということだし、そうしていくからこそ、演じる上でもしんどさを覚えてるんだと思います。同時に、そういうスタイルでやっているからこそ、「松岡充と一緒に作品を創りたい」と声をかけていただけているのかもしれないですからね。