ショパンがピアノ人生変えた、小林愛実 譜面に見る作曲家の想い
INTERVIEW

ショパンがピアノ人生変えた、小林愛実 譜面に見る作曲家の想い


記者:村上順一

撮影:

掲載:18年04月13日

読了時間:約14分

演奏前の音楽との向き合い方が一番大事

――以前ピアノを辞めたいと思った時期があり、その時にショパンの音楽に救われて、今も音楽を続けられているとお聞きしました。ショパンはずっと昔から弾いていると思いますが、どのように小林さんを救ったのでしょうか?

小林愛実

 ショパンの曲だけで勝負する、『ショパン国際ピアノコンクール』に出るにあたって「ショパンの曲を演奏するにはどうしたらいいんだろう?」と思い、まずはショパンに関する本を5冊くらい買って読みはじめました。

 今まで作曲家や背景について知ることは大事だとは思っていたのですが、そこに特にフォーカスするということはあまりなかったんです。でも、その本や日記を読むと彼の性格や特質が分かるじゃないですか。それで、曲と彼の心境などを照らし合わせていくと、色んな面が見えてきて音楽の幅が広がりました。それが、私にはまだ沢山やることがあるんだな、と思えるきっかけになりました。

――ショパンは小林さんにとってどのような人物に映ったのでしょう?

 女々しい感じに受け取りました(笑)。でも、音楽にはとても力強さがあって。ショパンの作品はただ聴く分には綺麗な音楽なんですけど、内側の力強さみたいなものが表現されています。彼自身はジョークが好きな面もあるんですよ!

――そういったことまで書かれているんですね。

 好きな女の子がいるけど、その子にはその想いを知られたくなくて、わざわざ友達を通して「好きじゃない」ということを伝えたりしていたり。彼は奔放なジョルジュ・サンドという女流作家にずっと恋していてフラれて、心病んでしまうのです。そういうことを知ると、とても興味深くなります。死ぬ間際に書いた曲でも明るい曲調だったり。どう解釈したら良いのだろうかと。死を予期しているけど前向きなのか、などと考えて。

――難しいですね。

 だから、それを彼がどう音楽に表現したかったのかということを、ここでスラー(*編注=演奏記号の1つで、いくつかの音符を弧でくくり、音と音を滑らかにつなげて演奏することを表す)が出てるから、ここはこういうことか…と楽譜から見つけていかなければならないんです。

 その作業が楽しいけど、とても面倒くさくもある(笑)。答えがないので、永遠に探し続けなければならない感じです。音楽家は死ぬまで演奏できるので、歳を重ねていくごとに音に人生の重みみたいなものが出てくると思っています。

――今作でショパンの「ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調 作品35」を選んだのは、どのような理由でしょうか。

 7年間で、最も多く取り組んだ作曲家の一人だったのです。ショパンを入れるとなった時に最初に浮かんだ曲がショパンのこの曲でした。この曲は15歳で初めて弾いて、それからずっと弾いています。音楽を辞めたくなった時も、「ショパンコンクール」でも弾きました。その間に音楽の創り方も変わってきました。自信というか、それなりに取り組んできた自負はあるので、今の私が録音するのにふさわしいかなと思い選曲しました。

――体に染みついている感じでしょうか。

 この曲が好きなんです。すごくいい曲です。

――ショパンの曲は小林さんから見て難易度はどのくらいでしょうか。リストも難しいとお聞きしますが。

 リストももちろん難しいですが、音楽的にいうとショパンの方が難しいと感じています。指の運び方とか意外に弾きにくいんです。リストはピアニストでもあったので、分かりやすい曲が多いです。華やかな曲でも弾きやすいように書いてくれています。どちらもピアニスト向けの作曲家ですが、ショパンはいつ弾いてもなかなか上手くいかず。音楽的な深みをもっと勉強せねばと思います。

――日本人は手の大きさが欧米人に比べて小さいと思うのですが、そこのハンデはありますか。

 もちろんあります。私も小さいですから。あと3ミリ大きかったら、もっと上手になっただろうなとは思います。男性はドからオクターブ上のミまで簡単に届くんです…。オクターブが簡単に弾けたら楽だろうなと思います。演奏する上では、男の人の方が有利だと思います。

 セルゲイ・ラフマニノフが作曲した曲なんて、手の動きも大変ですし、コンツェルトではオケも厚みがある構成になっているので、私が一生懸命に弾いても全然聞こえない感じで…(笑)。

――それはアイデアでどうにかしていく感じで?

 練習ですね。指ももう伸びないので…。

――さて、リストはショパンと違って、アイドル的存在だったと聞いたことがあります。

 リストは華やかな生活を送って、華やかな音楽を作ったと思われがちだとは思いますが、ダンテの『神曲』を読んで曲を作るなんて、発想もすごいし、あんな難しい話を理解して、17分の曲に仕上げるなんて、考えもつかないですよね。

――『神曲』はどういった話なのですか?

 まず神曲は、ダンテが神様に会って「冒険しないか?」と言われて、地獄から天国まで一緒に冒険する中で人間として生き方を学び、成長していく物語です。宗教の話なので、地獄から天国を描く中で罪を犯して地獄で苦しむ人などを目の当たりにして、苦しみながらも神の存在や意味を知っていくという話です。

――楽曲の構成も地獄から天国へという感じになっているわけですね。

 それを簡潔にリストが楽曲で表現しています。途中でベアトリーチェというダンテが愛した女性も出てきて、それもあって煉獄編でも愛の歌みたいなものも入っているのです。

――では、「ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲(「巡礼の年第2年『イタリア』」より)」のイントロは地獄を表現している?

 あれは、地獄に入る前に神様に出会って地獄の門に行くまでの道のりを書いているのではないかと思います。イメージですけど、私はそう捉えています。

――それをあの17分の間で表現していると考えると凄いですね。

 それをピアノという楽器を使って音で表現しているという。

――さらにそれを解釈しながら弾くとなると、それは逃げられないですね。

 楽しいですけどね。でも、物語があるからやりやすいです。表現しやすいといいますか。楽譜しかないのとは違って、そこに背景があるので。

――そういうことは演奏中も考えるものですか?

 いえ、演奏中は頭を空っぽにしてフレッシュな気持ちで弾きます。その分演奏する前はしっかり考えて舞台に立っています。その瞬間にしか生まれない音楽が生み出されるのがライブの良いところですよね。音楽家にとって、演奏前の音楽との向き合い方が一番大事だと思います。個人差はありますが、楽譜を手にとってから譜読みして暗譜して1曲弾くまでに最低2、3カ月かかると思います。それから一生掛けて向き合っていくんです。

――でもそれが楽しみでもあるわけですよね。

 そうですね。楽しいけど、大変ですね、答えがないので。でもそれを楽しめればいいかなと思います。

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