この作品の作り方が“絶滅危惧種”、玉石混交の時代
――今の音楽業界に伝えたいことは?
高野寛 同じ音楽という括りの中で、今回のように完全に人の手によって作られた演奏のアルバムがある一方、100%機械が演奏しているところに歌を乗っけるのもありますよね。その歌もフォトショップで整形するみたいな感じで修正しまくった歌が乗っかったケミカルな作品が、同じ音楽というフィールドで共存しているから、一口にミュージシャンと言っても、やっていることがまるで違っていて、今回のアルバムのやり方というのは、ある種の絶滅危惧種じゃないかと。
佐橋佳幸 (笑)。
高野寛 古風な伝統芸能に近い世界なのかもしれないですけど、僕は両方に縁があるというか。機械的な音楽にも影響を受けているし時には携わるんですけど、こういう一番王道の作り方のアルバムで自分がちゃんと歌モノのCDが作れたということが何より嬉しかったです。
佐橋佳幸 自分でもPro Toolsは使うし打ち込みもするんですけど、そっちの方が良ければというのはあります。今の高野君の話を受けて言うと、「そういう人達も同じミュージシャンとか編曲家という括りになって、おかしいだろ」となってから、トラックメイカーという言葉が生まれたよね?最近、ミュージシャンではなくて、打ち込みでオケを作る人のことをトラックメイカーって言うじゃない?
Dr.kyOn 言いますね。
高野寛 ミュージシャンとかアーティストという言葉の意味合いが、この20年30年で凄く変わりましたよね。昔はアイドルのことをアーティストとは呼ばなかった気がするなあ。
佐橋佳幸 全く言わなかったね。あとさ、ミュージシャンになろうと思ったらある程度楽器が出来ないと無理だったよね。
高野寛 70年代まではチューニングメーターが普及してなかったから、耳でチューニングできなかったら駄目でしたからね。今はけっこう耳だけだとチューニングができないギタリストって多いはずですよ。
佐橋佳幸 昔だったらピアノの人に「ラの音ください」って言ってチューニングしたんですよ。今はチューニングメーターがないとできない人は結構いる。
高野寛 昔はチューナーが高かったですしね。
Dr.kyOn 1団体にひとつとかだったよね。みんなでまわしチューニング(笑)。
高野寛 もうこういう会話自体が絶滅危惧種(笑)。
――貴重なお話で勉強になります。
高野寛 僕の世代がそういう世代の最後だと思う。バンドを始めた3、4年後になるとチューナーも安くなって、アマチュアでも簡単に買えるくらいになったんです。
佐橋佳幸 高野くんは音楽的に相当ませてたよね(笑)。
高野寛 機械オタクだったから。m.c.A・Tに打ち込みを実演して見せましたから。
佐橋佳幸 マジで?
高野寛 彼は昔、プリンスが好きで打ち込まず全部手弾きでやってたんですよ。
――衝撃的なお話です。機材のお話が出たので、みなさんは音楽をスピーカーで聴く派でしょうか? それともヘッドホンなど?
佐橋佳幸 ものによりますよね。あとは娘が寝ているからしょうがないからヘッドホン、とか。
Dr.kyOn 僕も環境次第かな。どっちも好きですけどね。
――今作はお好きな方で聴いて頂いて、という感じでしょうか?
佐橋佳幸 それはもう。このアルバムは装置は選びませんね。これは本当にいい音しているもの。声の感じがまたいいんだよね。
高野寛 引っ張られますよね。同録だと演奏のニュアンスに歌が引っ張られるというか。
佐橋佳幸 だから、高野君がアコギを弾いている曲って、エンジニアにしたらアコギの音量を上げたいなと思ったら一緒に歌も上がっちゃうんですよ。一緒に弾いているから。そういうところの作り方が本当によく出来ています。それを空気感にしちゃうというかね。
――10年後の展望はいかがでしょうか?
佐橋佳幸 3人とも10年後もやってそうですね。メーカーさんが大丈夫だったら(笑)。こればっかりはレコード会社の都合もありますからね。
Dr.kyOn 歌っていうものはなくならないものの一つであろうと思うので、その頃にはどんどん新しい発明があって変わるでしょうし。変わるというよりは、同時にあるものが増えていく感じがします。
佐橋佳幸 そうだよね。無くならずに増えていくだけっていう。CDになったときにはアナログレコードは潰れるって言ってたのに、今また戻ってきてるしね。 メディアが増えているだけだもんね。確かにそうだ。
Dr.kyOn もう「このチップをここ合谷(ごうこく)に入れたらあとは全部いらん!」みたいな。
佐橋佳幸 あるかもしれないよね。
Dr.kyOn 「聴く? カチッ」っていう感じで。
佐橋佳幸 チップにマスタリングしちゃうんだ? 凄いよそれ…。なきにしもあらずですね。
Dr.kyOn そういうのがもう始まっている訳ですからね。お会計でもスマホでシュッとやるし。でも、そうなってもこれはこれで形としてあると思うんだよね。
高野寛 そういえば「みじかい歌」の原型は10年前に作ったんですよ。その時点でこれがこういう形で出るということはわからなかった。
――予測がつかないものなのですね。
高野寛 そうですね。でも基本は変わらないだろうなというDr.kyOnさんと同じ気持ちかな。
――この先アナログ的なものは強化されていくのでしょうか?
佐橋佳幸 そっちが好きな人もいるし、色んな人がいて、その人達のためにもの作りをやめない人がいれば残ると思います。
高野寛 ライブはなくならないしね。
佐橋佳幸 ライブも歌も音楽もなくならないでしょうね。その中で自分達ができることがあれば、10年後もやってるでしょうね。
高野寛 ということは引退はしないということですね?
佐橋佳幸 引退はしません(笑)。
(おわり)