東京人なりの望郷の念
――「はちみつ色の月」は下町の景色をモチーフに?
伊東歌詞太郎 そうです。僕ら下町出身ということもありまして。
――<橋の向こう側 高層ビル街 下町から眺めたら>という歌詞から情景が浮かびます。
伊東歌詞太郎 江東区から見た中央区とか、あっち側ですね。
――僕も下町なので、心に近しいものがありまして。
伊東歌詞太郎 川ひとつ挟んだだけで家賃3倍、みたいな(笑)。
――そういう嫉妬心もありつつ?
伊東歌詞太郎 ありますあります!
宮田“レフティ”リョウ でも、望郷の思いというのはそこに絶対ありますから。
伊東歌詞太郎 そうだよね。東京出身なので、故郷がないですから。やっぱり大学とかで盆休みの前なんかに「俺、実家帰るんだよね。山形県」とか聞くと、正直羨ましかったというのもあります。それって僕らにない感覚だから、東京人なりの望郷の念みたいなものを「はちみつ色の月」に込めたというのがあります。
――「はちみつ色」という表現がまたいいですね。どこからこのアイディアが出てきましたか?
伊東歌詞太郎 歌詞の中で<東京タワー>と出てくるのですが、川沿いを夜歩いていて、東京タワーがあって、やっぱり綺麗ですよね。その時に心が動いて、横を見たら満月でした。月って暖かみがあるというか、その中で「バター色の月」にしようか「はちみつ色の月」にしようか迷ったのですが、熟考の結果「はちみつ色の月」になりました。
――確かに歌詞に<暖かい月>と出てきますね。
伊東歌詞太郎 月って照らし方が強烈ではないというか、太陽は当然の如くみんなを照らす恵みのもとだと思うのですが、月が照らすものって太陽では照らしきれなかったものを照らしてくれているような気がしています。それって、人間の孤独や悲しさや寂しさの負の感情、陰のものを優しく照らしてくれているような。優しく照らす、じんわりするイメージが昔からありました。僕はそういうものに憧れてしまうというところがあります。
――ロマンチックですね。サビ前の、ギターのレスリー(サイレン音が通り過ぎる際にピッチが変化するような、ドップラー効果。音の揺らぎ)はシミュレートじゃなくて、本物を使ったみたいですね。
宮田“レフティ”リョウ ノスタルジックな気持ちというのは、都会にいてもあるじゃないですか? それは歌詞からも感じて、望郷感とかノスタルジックな感じを何か音で表現したいなと思いました。その中でレスリースピーカーやメロトロンだったりなどでその感じが出せたと。やっぱりシミュレートしているものとは、楽器として違うので全然フィーリングが違います。「ハートを伝える」という点に一番マッチしているのは本物だなと思いました。
(*レスリースピーカー(ロータリースピーカー):高音部用ホーンと低音部用ローターをモーターで別々に回転させコーラス効果を発生させる仕組みのスピーカー)
――イントロのピアノのバックで流れているのがメロトロンの音?
宮田“レフティ”リョウ そうですね。
伊東歌詞太郎 基本的にはザ・ビートルズです。
宮田“レフティ”リョウ まさに「Strawberry Fields Forever」です。
(*メロトロン:録音されているサンプルテープ音源を再生するアナログ再生式鍵盤楽器)
時代感なんてものは全然関係ない
――今作のアレンジでこだわった点は?
宮田“レフティ”リョウ 職業アレンジャーみたいな形で人の曲に触れることがある中で言うと、時代感を気にするところが常にありました。「この選択は“いなたい”んじゃないか」とか「これは数年前のアプローチではないか」というのを考えていて。
イトヲカシというものに関して言えば、本当にその曲が呼んでいるもの、それが必要であれば、時代感なんてものは全然関係ないのではないかと思っています。言い方が悪いかもしれないですが、メロトロンのアプローチはオーソドックスですし。
――一般的な使い方ではありますよね。
宮田“レフティ”リョウ でも、その曲で必要なアプローチであればそうだし。僕の中では、いわゆるギターソロも、最近あまり楽曲に入ってないなと思っていました。でも、流行り廃りではなく、単純に良いと思うものを選んでいいのだなと思いまして。今回はそれが出来たというところがあります。
――ギターソロが新鮮に感じる時代が来るとは思っていませんでしたからね。90年代だったら、間奏にギターソロはほぼ入っていましたよね。
伊東歌詞太郎 もしくはサックスソロですよね。どっちかはありましたね。
宮田“レフティ”リョウ やっぱり欲しいものを単純に入れることに対して手合いを感じる必要はないと思います。
伊東歌詞太郎 インタビューなどでそれを聞くと「そうだったんだ」と思うことが多いです。レフティは職業アレンジャーとしての感覚を持っていて、僕は職業アレンジャーではなくシンガーソングライターだから、「これ古いんじゃないか?」とか、そういうことを考えたことがないですし。
――アレンジャーならではの感覚ではありますね。
伊東歌詞太郎 自分が出したいものというのが、古いとか新しいとかそういうところではないところを、ずっと目指してやっていきたい。今まで作業は完全分業制でした。「どんなアレンジしてくれるの?」みたいなのが楽しかった部分もあります。そういう意味でも今回の『中央突破』というアルバムを作りながら、2人の考えていることを照らし合わせることができました。
「ここに音がある意味」とか「このメロディだったら、ここに音を置くともっといいよね」とか、そういう話が2人で出来たから、今まで一つになれていなかった部分が、どんどん一つになっていく感覚を今は持てるようになりました。
――手法を変えてきたという部分もあるのですね。
宮田“レフティ”リョウ そうですね。2人でやる意義がもっと出てきました。
伊東歌詞太郎 分業制も、個性と個性を合体させるというところが良かったのですが、やはり、ぶつかり合ってしまう部分が今までのイトヲカシにはあったと思います。ぶつかり合うというのは、些細な部分なのですが、その些細な部分が命取りになるな、と感じました。そのへんに関して去年まで言語化できてなかったのですが、今年になってやっと言語化できるようになってきました。
2人が持っている個性って凄く良いものなのですが、それらを殺し合わないでぶつからない部分を生かすということが、絶対僕達ならできる。そこを探っていくのがイトヲカシとしての最高の結果というか、それでどんどんお客さんも増えるようになる要素だと感じています。