新しい旅で辿り着いた場所
――ASHさんは、常に1枚の作品の中にドラマを描き出してきました。今回のアルバム『A』にも、1枚を通して物語を描き出したのでしょうか?
もちろんです。今回も、アルバム1枚を通したストーリーは組んであります。前半部は、中でも冒頭を飾ったインストナンバーの「A New Journey」から5曲目に収録した「Waiting For」までは、ASHが新たに辿り着いた地を舞台にしています。新しい旅を始めたASHが辿り着いたのは、新しい町なのか、都市なのか、砂漠なのか…。舞台は、それぞれの人々が想像を膨らませて欲しいと思っています。
――「Waiting For」は、全編英詞ナンバーですね。
「Waiting For」は誰かを想いながら聴いて欲しいですね。一人のHEROが真っ暗闇な夜空へ向かってアコギを弾きながら、HEROが抱え持つ悲哀や孤独を歌いあげてゆく。そのHEROが想っているのは、彼にとって一番大事な存在の人たち。僕で言うなら、それはファンのみんなだし、支えてくれるスタッフの人たち。僕自身は、そういう人たちのことを想いながら歌いました。
もしかしたら僕自身、今やっていることが間違いかも知れない。もしかしたら、大事なものを遠い昔に置き去りにしたままかも知れない。それでも僕は止まるわけにはいかない。「Waiting For」を直訳すると「待っている」となるけど、僕はその言葉をそういう意味へ置き換えています。
「置いてきたものをいつか取り返しにも行くけど、まずは先に進むから、その先で待っているぜ」という想いを、僕はこの歌に投影しました。
――アルバム『A』は、8曲目に収録したインストナンバーの「Coffeeshop」を間に前編と後編に分かれているように感じました。もう少し言うと、「A New Journey」から「Waiting For」を前編に、続く「JAPANESE ROCK STAR」から「W.Y.W.G(Wherever You Will Go)」までを中編、「ラブソング」から「WANT YOU BAD」までを後編と、3つの起伏や展開を持った物語とも受け取れました。
僕は場面展開を作ることが好きだから(笑)。よく「いろんなジャンルを詰め込んでる」と言われますが、決してそうじゃないんです。たとえば、1本の映画やドラマを通して観ると、その中にはいろんなジャンルの音楽が流れてるじゃないですか。
最初は厳かなオーケストラ曲でバーンと始まったかと思えば、闘いのシーンではメタルっぽい音楽が、お酒を呑んでるシーンではクラブミュージックが流れたり。映画やドラマって、流れている楽曲だけを特化して聴くと、もの凄くジャンルの幅広いオムニバス作品になる。
僕がアルバムを通してドラマを描いてゆく中、多彩な曲調が生まれるのもそれと同じことなんです。しかも僕自身がメロディの良い音楽が大好きなメロディフリーク。どんなスタイルの音楽も自然とそうなっていきますからね。
――歌詞でも、全編英詞や日本語詞と英詞のミックスなどいろんなスタイルで表現しています。
全編英詞に関しては、日本語で伝えてしまうとあまりにも言葉がストレート過ぎてちょっと痒いし気恥ずかしいなというときに英詞にしていく場合が多いです。英詞と日本語詞をミックスしているのは、メロディに乗ったときの響きを重視した言葉遊びの場合もありますね。
何より、僕自身が最初に英詞で歌詞をつけ、日本語詞特有の“わびさび"を求め、それを日本語にしてゆく工程で作詞をしていくことが多いということもあります。『A』の前半部「WE'RE GONNA MAKE IT」「ANSWER」「BRAND NEW WORLD」は、まさにそう。
――多様な音楽性を描けるのも、ASHさん自身いろんな音楽スタイルを持っているからなのでしょうか?
僕には嫌いな音楽ってないんですよ。いや、音楽に限らず、嫌いや苦手というものがあまりないんです。音楽を作っているときの僕は、とくに楽しんでいますからね。人それぞれ、いろんな音楽の作り方があるので、そこに正解も不正解もないんですけど。
僕自身に関しては、苦しみながら生み出した楽曲は全部ボツにしています。だって嫌でしょ、苦しみの怨念の籠もった曲を聴くとか(笑)。僕はいつだって海賊みたいな生き方をしていたい。僕自身がいつもハッピーでいることで、近くにいる人たちもハッピーになり、それを見てる人たちも「あいつら面白いな」とハッピーになっていけたら最高じゃないですか。
自分の手の届く範囲の世界が、それで少しでも優しくて温かくなればいい。そういう姿勢を、僕自身は心がけていますからね。
一発録りだからこその感情を歌や曲に
――『A』の中でも、胸を打ったのが、その心情を赤裸々に記したバラードの「ラブソング」と「Rain」でした。
中盤、「W.Y.W.G(Wherever You Will Go)」に至るまでの流れの中で楽しんでいたと思ったら、急にフォーキーな、しかもど直球なラブソングが流れてきますからね。「ラブソング」は、ASH君とよく似た男の子が実際に体験したことらしいですよ(笑)。
――だから、歌詞がリアルなんですね。
失恋の経験って、きっと人それぞれあると思うんです。「ラブソング」で一番伝えたいメッセージは、歌詞の中、別れゆく彼女が去り際に言ったひと言。それが、歌詞に登場している彼の心には凄く響いた言葉でした。
彼は、「いろいろ負担ばかりかけちゃってたなぁ、申し訳ないことをしたなぁ、こいつの人生こんだけ長いこと無駄にさせちゃったなぁ、ごめんね」と言うんだけど、彼女は「楽しかった出来事のほうが多かったから、『ありがとう』と思えることのほうが多いんだよね」と言ってくれた。
その言葉がすごく素敵だなと思って。僕も、「ごめんね」ではなく「ありがとう」と言える人でありたい。そう思ったことを、ここには記しました。
――「ラブソング」を歌うASHさんの歌声が凄く情感的というか、寄り添っていますよね。
「ラブソング」は一発録りなんですよ。歌声も、女の子の気持ちを歌うときは女声で、男性側の気持ちを歌うときは男の声で、サビではソウルフルにと、3種類声の表情を変えて歌っていて。
その歌い方も、彼女の部屋のソファにスマホを置き、録音ボタンをオンにして歌っている感じを心がけました。今は何でも修正してしまうけど、僕は一発録りだからこそ伝わる感情を歌や曲に詰め込みたかったんです。たとえ多少歌声がふらっとしようが、感情的に心に響いたほうが人の心は動いてくれると、僕は信じています。
――A/B面で捉えるなら、A面最後を飾る雰囲気を持った「Layla」がまた、ダーティなロックンロールでクールだなと思いました。
この歌は僕が作詞作曲をしたのではなく、このアルバムのプロデューサーの1人であるコバヤシユウジ氏が手がけた楽曲なんです。ASHを立ち上げたときからずっと僕のサウンドプロデュースをしてくれている、宮田“レフティ”リョウ氏と、コバヤシユウジ氏と、まだASH DA HEROと名乗る前の頃の僕の3人で、誰に聞かせるわけでもなく、スタジオで音楽を作りながら遊んでいた時期がありました。
そのときに生まれた数々の楽曲の中で、「これ、いい曲じゃん。一度歌ってみたい」となって遊びでレコーディングをしたのが「Layla」。そのときに歌った感覚がとてもいい感じだったので、「これ、ライブでも歌ってもいい?」とお願いをしたら、2人とも「いいよ」と言ってくれて。実際にライブで演奏したときも、お客さんたちの反応もすごく良かった。
そういう過去の出来事があって、もう1年くらい前になるのかな…「『Layla』を正式な音源用に録ろう」という話になって録音をしました。当初は、この歌を『THIS IS』シリーズに入れようと思ったけど、「このシリーズに入れる歌じゃないな」ということで一度寝かせておいて、その楽曲を今回引っ張ってきたわけなんです。