「最高の作品」から冒険譚はスタート

 まず、アルバムのDisc1の1曲目、冒険の幕開けは1970年のソロ・デビュー・アルバム『マッカートニー』の12曲目に収録されている「メイビー・アイム・アメイズド」だ。歌詞は、ポールにとってかけがえのない存在となった最愛の妻・リンダへの思いが込められている。ポール自身「このアルバムの中で最高の作品」と語っているように特別な存在であり、後に結成したウイングス(Wings)の頃からソロになった現在に至るまでライブでの定番曲となっている。

 3曲目には、前述したグラミーの殿堂賞を獲得した『バンド・オン・ザ・ラン』の2曲目に収録された「ジェット」。ポールが飼っていた仔犬の名“ジェット”を歌詞に織り込んだという。『マッカートニー』と『ラム』の2枚のソロアルバムを経て、ポールはリンダ、元ムーディー・ブルースのデニー・レインの3人を中心とし、前記のロックバンド・ウイングスを1971年に結成する。1981年の解散までに7枚のオリジナル・アルバムと1枚のライブ・アルバムを発表した。『バンド・オン・ザ・ラン』は全世界で600万枚以上のセールスを記録し、ビートルズ解散後のポールのアルバムとしては最大級の商業的成功を収めた。

 そして8曲目には、今回がベストアルバム初収録となる「ザ・ソング・ウィ・ワー・シンギング」である。1997年発表のアルバム『フレイミング・パイ』の1曲目に収められている。この頃、ポールはリンダのがんとの闘病、古くからの友人であるリンゴ・スターの前妻・モーリーンの死というプライベートで辛い体験をしている。音楽活動としては、アンソロジー・プロジェクトを通してビートルズ時代を改めて振り返った経験を経てなのか、過去を振り返る歌詞が目立つ。この曲でも「最後はいつも歌いなれたあの歌に戻った」と歌われている。

 続く9曲目では「アンクル・アルバート~ハルセイ提督」。この曲はポールの叔父であるアルバートさんを偲んだもので、2ndソロアルバム『ラム』に収録されている。この『ラム』は、リンダとの連名で制作されたもの。そのリンダは1998年にこの世を去っている。30年近く連れ添った妻を亡くしたポールは悲しみにくれていた。この曲もリンダとの連名で書かれたものだが、彼女の死に対して、この作品に同曲を収めることで、改めてポールは人生の冒険を共にしたリンダとの別れを偲んでいるのではないだろうか。

 13曲目にはベストアルバム初収録となる「セイヴ・アス」。2013年の最新アルバム『New』の冒頭を飾る楽曲。紆余曲折を経て、友や愛妻の死を乗り越えた先、辿り着いた丘から望む景色に希望を見出すように自身を鼓舞する歌詞を、ロックサウンドに乗せて力強く歌う。

 Disc1の最後、この冒険の折り返しを飾るのは「エボニー・アンド・アイヴォリー」となっている。1982年の『タッグ・オブ・ウォー』に収録された米ミュージシャンのスティーヴィー・ワンダーとのコラボレーション曲だ。「エボニー(ピアノの黒鍵盤)とアイヴォリー(白鍵盤)が旋律を奏でるように、白人と黒人、無色人種と有色人種、すなわち人類が調和する」というテーマのもと、ブラックミュージックの第一人者であるスティーヴィーと、ポップ・ミュージックの天才ポールの夢の競演が実現した。まさに音楽の新しい扉を開いた楽曲で、この冒険は新たな新章を迎える。

映画のように華やかな音舞台

 Disc2の最初は『バンド・オン・ザ・ラン』の表題曲「バンド・オン・ザ・ラン」で幕を開ける。3部構成からなる多彩なメロディから色鮮やかに冒険の新章は始まる。4曲目には「007 死ぬのは奴らだ」を収録。1973年に公開された『007 死ぬのは奴らだ』の主題歌としてポールが書き上げた。ジェームズ・ボンド役を、英俳優ロジャー・ムーアが演じた初の作品だ。

 6曲目の「グッドナイト・トゥナイト」は、ウィングスにローレンス・ジュバー(Gt)とスティーヴ・ホリー(Dr)が加入して初のシングル曲。当時流行していたディスコ・ミュージックに影響を受けて作られた曲。飛び跳ねるようなベースラインにチープな電子音が飛び交うダンスチューンだ。

 続く「セイ・セイ・セイ」は、1983年にポール・マッカートニーと米ミュージシャンのマイケル・ジャクソンが発表した楽曲で『パイプス・オブ・ピース』に収録されている。2人がそれぞれ歌っている所を作曲している(Aメロがポール、Bメロがマイケルさん)。前述したステーヴィーとのコラボに続き、この時期のポールはダンスミュージックへと傾倒していく。当時『スリラー』で人気を博したマイケルとの共作は話題を呼び、ポールのビートルズ解散後最大のヒット曲となった。

 8曲目「マイ・ヴァレンタイン」は、2011年に結婚したナンシー・シェベルとモロッコで休暇を過ごしていた時に、ナンシーとの会話が元になって作られた曲だという。2012年にオリジナルの2曲と、ジャズ・スタンダードのカバー12曲を収録した『キス・オン・ザ・ボトム』のオリジナル曲のうちの1曲。先の2曲とは打って変わってジャジーな大人の色気を漂わせる曲。ゲストに英ギタリストのエリック・クラプトンを迎え渋い演奏を聴かせてくれる。70歳を迎えたポールが、円熟した音楽とともに最高のプレーヤーたちと奏でる、ファンでなくとも必聴の曲ではないだろうか。

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