あえて挑む大衆性という矛盾、マキタスポーツが考える音楽とは
INTERVIEW

あえて挑む大衆性という矛盾、マキタスポーツが考える音楽とは


記者:小池直也

撮影:

掲載:16年01月22日

読了時間:約17分

姿を消した文化衝突

インタビューに応えるマキタスポーツ

インタビューに応えるマキタスポーツ

――以前ライブで「これは様式美だから」と繰り返し発言され、新譜では「予定調和はつまらない」という様なリリックがありました。その真意は?

 コミックの基本は多分セオリーだと思っています。セオリーとか、基本とか、スタンダードとか様式美とか、型があれば壊せばいい。つまり様式美がしっかりしていればしているほど、題材やテーマにしやすいんですよ。もちろん、様式美の尊さというのは凄くわかる。コード進行においてもカノン進行も代表的なTHE予定調和。C(ドレミファソラシドのド)で始まったらドに帰結するというのをずっと繰り返す、安心安全安定のクオリティ。

 あとは結婚して子供を育てるとルーティンを作らないと子どもがちゃんと育ってくれないというのもあります。そもそも家庭というのは、THE予定調和なんですよ。じゃないと子どもが安心安全で暮らしていけないじゃないですか。朝決まった時間に起きて、決まった時間に歯を磨いて髪を整えて、そしてご飯を食べて、もう一回歯を磨くなりして学校に行ってきます。帰る家があって、その時間にはちゃんと夕食の支度をして待っているお母さんがいて、というのはもうカノンですよね。ということがあるから非日常が活きてくる。だからいくらつまらないという風に思われようが、家庭というものを維持していくことの大切さとか尊さもよくわかります。

 どれだけ予定調和が人間を安心させて気分を良くさせてくれるかということですよ。でも、それが退屈な、怠惰な、つまらないものに繋がるということもあるからそれを崩す。そして、崩しにかかるその瞬間が一番色っぽいと思うんですよね。価値観が揺らいでゲシュタルト崩壊することとか、意味あるものが意味は無くなって見えるその瞬間。そういう原始的な驚きみたいなものが一番いいんですよ。「あなたこういう顔していたの?」とかいうのが僕は好きなんです(笑)。

 ちょっと話かわりますけど、最近話題になっている「10分どん兵衛」というのがあります。これは、僕がラジオで「(インスタントうどんの)どん兵衛は(食べごろが)5分と決まりがありますけど、10分やってみると美味しくなりますよ」と紹介したものなんですけど。でも、はっきり言ってそれは好みですからね。ただ単に僕は伸びた麺が好きなんですよ(笑)。でも「10分どん兵衛」と言葉を作って紹介すると「ほんとだ」と言う人が出てくる。「価値観が変わった」なんて人もいたりする。これは逆に言うと5分という決まりを守って妄信している人がうんといるということじゃないですか。

 ヴィジュアル系も、5分のどん兵衛みたいなものだと思うんですよね。それを僕みたいな手つきで別のところから光を当てて面白い事になればいい。「それはただの伸びた麺だ」ということと同じではあるんですけど、マスコミとか世の中自体が色々バイアスをかけて「こっちの方を面出ししておいたほうが売れやすいから」と見せているにすぎない、その価値観を僕は揺るがしたいし狂わせたいというのがありますね。

 でも、やっていることは普遍的だと思うんです。僕は途中マニアックなものとかに行ったりしましたけど、大衆芸能やポピュラーミュージックのど真ん中にあるものが好きでしたし。山梨(マキタ氏の故郷)で育つと情報が限られていて売れたものしか入ってこない。周辺にあるものなんてないんですよ。みんなが楽しめるものをその他大勢のみんなとして享受していたから、そういうものへの郷愁もあるんですけどね。

 しかし、僕のエンターテインメントの醍醐味というのは先程の予定調和が前提であればあるほど崩し甲斐があるところ。今はパーテーションで区切られて整理された時代です。昔だったら、お茶の間でテレビを見ていて気まずいシーンってあったじゃないですか。映画を見ていたらいきなり濡れ場が始まったりとか。今はコンプライアンス上、絶対ありえない。文化衝突みたいなものが起こらないようになっているんです。

 それと同じように色んな音楽もそれぞれの層向けに作られています。それって予定調和じゃないですか。もう解決している問題だと思います。

 大人は大人、子どもは子ども。あるいは、子どもたちの中でもこういう子どもたち。ああいう人たちはああいう人たち。整理されているからぶつかり合うこともない。ぶつかり合うこともないからストレスもない。解決しているかもしれないけど、やがてそれすらも退屈を生んでいる。だから逆側を起こさなきゃエンターテインメントの意味がないんじゃないかなと。

 だから、今すべきことは「みんなが楽しめる」という矛盾に取り組むことですよ。それが一番難しい事だし、勇気のいること。それが僕の一番アート的な肝にしているところですよね。

FODは高度に洗練された音楽実験

Fly or Die

Fly or Die

――その肝は今感じていることですか

 今というか、かつてからそうだったと思います。それはつまり「なぜ笑うか」というところですよね。今の芸人がやっているテクニックとかじゃなくて思想的なところで。予定調和とかがズレるその瞬間なんです、一番面白いのは。

 あるいは、たけしさんやタモリさんの時代は笑いが死んでいたんですよ。そういうつまらないジャンルに入っていって面白くした人たちが、たけしさんやタモリさんたち。ビートルズとかもあの時代の膠着(こうちゃく)したものをいじっていったと思うんです。だからステキだった。

 そういうことを小さなレベルでも引き起こしたいと思っているし、僕がやっている活動が総合的に見た時に、死んだあとでもいいんですけど「マキタスポーツというパフォーマーがやっていたことはこういうインスタレイションになっていたんだな」と見えたらいいと思います。

――今の社会情勢にも通じるところがあると思います。そうした社会情勢に対する危機感みたいなものも?

 まあ、それもなんとなくはありますよ。直接政治的なことをやって刺激的な体験するなら僕はSEALDsに参加しますね(笑)。でもそれは僕の“分”じゃないので別の違うところでできないかなとは思ってはいます。だけど社会情勢というと大げさですけど、空気とか匂いとかまだ言語化されていない雰囲気を察知して「こういうことですよ」とか「こういうことって面白いですよね」とか、あるいは直接的に「こういうことが問題だ」とかを発信するのがエンターテイナーの本懐じゃないですかね。だから僕なりに感じた息苦しい、膠着化してつまらなくなっているものを言いたい。

 例えば、今世の中がツッコミ化している。その息苦しさとかつまらなさ、マンネリさ具合、他罰的に攻撃的に使って人をおとしめたりすることはつまらないよね、というのを『一億総ツッコミ時代』(自著:槙田雄司名義)では言いたかった。だから敢えてテレビでは無くて、新書という形でもって出したんです。それが大きな波にはならないけどロングテール(注釈=幅広くという意味)で支持されて売れていたりするのは、じわじわそういうことを感じてくれている人もいるということですよね。それを考えれば僕も炭鉱のカナリア(注釈=身を捨てて多くの人を救う存在)としてね、そういう空気感に「こっちの方に行くとまずいぞ」と察知するマーケターなのかもしれない。それを、手を変え、品を変え、局で、あるいは新書で、あるいはヴィジュアル系でやっていきたいというのはあるかもしれません。

――その様なムードについてマキタさんはかなり早期から発信していたと思います。エンターテイナー、作家、役者でもあるというマルチタスクもかなり早期から行っていましたし、地元愛を公に語り始めたのも早かった。「みんなが楽しめる」ということへの挑戦も時代への嚆矢になるんではないかと思います

 アルバム内に入っている「普通の生活」という曲とかも「絶対にヴィジュアル系ぽくない」と言ってもらえたら僕の勝ちだと思っています。でも、ただの方法論とかで皮肉としてそれをやっているということでもなく、今本当に歌いたい気分のことを歌っているということなんですよ。だから、あの曲単体で聴いて戴いた時には、お化粧しているダークネスが歌っているとは思っていただかなくて良いし、そんなものはどうでもいいんです。僕が心をこめて歌っているということで良いと思う。

 ただ、歌詞を見ていただければわかると思うんですけど、「こういう風な普通の日常を暮らしていきながら終わっていくんだな、俺」というちょっと悲しい歌にも見える。それでいいんだって思うようなあたかも前向きに感じるかもしれないけど、人間というのは繰り返す日常のままドラマティックに生きることなくそのまま終わっていくという様なことを非日常の権化の様なヴィジュアル系バンドが歌う事はないと思うんですよ。思想上。だから批評として歌う意味もある。ところが僕自身、とても切実な気持ちであれを歌ってもいるという二重構造になっている。でもそれは僕の中のことなので解釈はご自由にどうぞ、ということです。

 Fly or Dieというのは単にヴィジュアル系ということよりも僕の「推定無罪」時代よりも高度に洗練された音楽実験でもあるんですよ。もう「手の内を明かして、その方法論自体をネタにして見せる」ってことには興味はなくて、実は「今感じていることをそのまま出す」ということだったりする。でも解釈によっては皮肉に見えたりするし、どうとでもとっていただいてよいかなと。そういう気分に今なっていますね。

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