『50』は私らしいアルバムになった
――さて、今回『50(フィフティ)』というメジャー1stアルバムが出ますが、このタイミングでメジャーデビューにはどのような流れがあったのでしょうか。
レーベルの方に私のライブを見てもらいたくてお誘いさせていただいて、毎年、私は誕生日毎に目標を掲げていたので、「もうすぐ50歳を迎えるのでメジャーデビューというのはどうですか」と提案させていただいて。レーベルの方に持ち帰ってもらってから2年、「歌謡曲でCDを出して見ませんか」とお話を頂いて。
――ジャズじゃなくても良かったのでしょうか。
これまでに私は昭和の名曲をジャズにRe-STYLEしたプロジェクト・ギラ山ジル子もやっていましたし、絶対ジャズが良いということもなくて。とにかくオリジナル曲がやりたいと思っていたので、歌謡曲というところに違和感は全くありませんでした。歌謡曲がまだ流行歌と呼ばれていた時代、その音楽を作っていた人々はジャズマンがほとんどでしたし、また歌手でジャズを歌っていた人は英語の歌詞をサウンドとして聞いて勉強してたりしていました。だからジャズと歌謡曲が共通する事は沢山あります。
歌謡曲の歴史としましては、60年代日本のジャズマンたちは米軍キャンプなどに演奏のアルバイトで行ったりしてたからジャズは自然な流れで勉強をしていたのです。昔、戦中は英語が日本では禁止されていたからなかなかジャズを歌うにも米軍のラジオから流れてくる曲に必死に耳をかたむけ当時の流行りのジャズを聞いていた。60年代になり、ジャズマンたちが日本のエンターテインメントとなる歌謡曲を作るにあたり、ジャズの影響はなかったとは言えません。「宇宙戦艦ヤマト」を作曲した宮川 泰先生もバリバリのジャズピアニストで、昔よく一緒に銀座でジャズライブをやりました!
――改めて考えると歌謡曲からスウィングを感じる曲もありますよね。さて、アルバム収録曲の「ケンちゃん」は先行配信されていて、今作の重要な一曲です。
最初から私のオリジナルを提案したわけではなくて、「ケンちゃん」との出会いによってこのアルバムが作れたんです。何をもって歌謡曲なのか、というところで現在「これぞ歌謡曲」というのがあまりなくて。作曲家の美樹克彦さんから何曲か頂いたんですが、その中でこの「ケンちゃん」が、どこか懐かしくて、すごく気に入ってしまって。この曲は「べサメ・ムーチョ」とコード進行が同じなんですけど、そこに日本語だから突き刺さるものがあって、英語やスペイン語だとBGMのように気持ちよく流れてしまうと思うんです。
――エンディングに向かうにつれて、テンポが上がっていくのが良いですよね。
そうなんです。だんだん盛り上がっていって。今ジャズのライブでも「ケンちゃん」を歌っていて、サルサとかどんなアレンジでも出来てしまうんですけど、この曲は踊れる曲なんです。
――体が動いてしまう曲で。さて、「君は君で」はギラさんの作詞・作曲ですがどのような心境の時に書かれたのでしょうか。
最初の方でもお話ししましたが、私はメンタルが弱いんです。私が開催しているワークショップでも、歌いたいけど自信がないという言葉をよく聞くんです。そういうのも含めてなのですが、曲を作りましょうとなった時に、精神的に2回ほど落ちてしまって...。私の場合、その時の跳ね返りによって出来た曲が多くて、私は落ちないとダメなんだということに気づいたんですけど(笑)。
――書くたびに落ちるのは辛そうです。
しかも、その落ち方が尋常じゃなくて。自分でコントロールは出来ているんですけど、泣いたり、寝込んだりしてしまって。でも、そういう時にこの曲のような歌詞が書けるんです。人に向けて書いているんですけど、自分の体験や望むこと、自分に対して思うことだったりを落とし込んでいます。
――歌詞にある<You are enough >とういう言葉いいですね。
曲の歌詞にある<You are enough >というのは、アメリカでMeTooというのが流行っていて、特に女性なんですけど、セクハラをされた女性がSNSで呟いたことに対して、ハッシュタグに“MeToo”を付けるのが流行っていて。頑張っているのに女だからというところで、ギャラが半分だったりそういう目に合っている人が多いんです。女性は「You are enough、あなたはそのままで良いのよ」と誰かに言ってもらいたいんです。生活する中で疲れているところに、例えば旦那さんから「君は今のままでいいんだよ、歳をとっていく感じも素敵だよ」と言ってもらえたら、ホルモンが活性化して特に女性はすごく嬉しいんです。
――そう言ってもらえると気持ちも楽になります。
その発想を持てるかどうかが重要なんです。自分の足元を見てしっかり立てるような人になって欲しい。内に入ってしまう時は人の役に立つことをすると、その方が喜んでくれたビタミンで、足元がしっかりしてくるんです。人の役に立てたということが、自分の自信へと繋がるのを実感しています。それが歌詞にある<わかってあげる人になってほしい>という一文なんです。
――悩んでいる人も多いので、この曲を聴いて何かのきっかけになってくれたら嬉しいですね。さて、アルバムが完成してギラさんにとってどのような作品になりましたか。
私らしいアルバムになったと思います。ここ数年自分らしさとは?と考えることが多かったんです。40代と50代では自分の中での響きが違うというのは、48歳ぐらいから何となく感じていました。なんか心が揺れているんですけど、50歳になると腹をくくれるようになると言いますか。50歳の女性はこうでなければいけない、という固定観念を外して、やっと自分はこれでいいんだと思えた、そのメッセージを入れることが出来たのが今作『50』なんです。
ジャズは私のベース、畑にあるものだけど、それを耕しているものはソウルやR&Bだったりなので、そこに歌謡曲という種を植えても違和感はないんです。なぜならそれは全て同じ畑から出てきているからです。最終的に音楽は娯楽だと思っていて、聴いていただいて元気が出たり考えさせられたり、泣いたり笑ったりして、約1時間楽しんで頂けたらと思います。それがこのアルバムで出せたと思います。若い人にも、私より年齢が先輩の方たちにも共感して聴いてもらえたら嬉しいです。
(おわり)