由紀さおり「自分がどうやって生きてきたかで勝負」歌い手としての新たな幕開け
INTERVIEW

由紀さおり「自分がどうやって生きてきたかで勝負」歌い手としての新たな幕開け


記者:村上順一

撮影:

掲載:19年03月21日

読了時間:約15分

日本語を熟知している、ラップもけっこう面白い

由紀さおり

――読み手側が想像できる部分も残すことで、新たな楽しみができる部分もあります。日本語は五・七・五の17音で宇宙を表現できるという言葉を思い出しました。

 川柳や俳句など、日本語は行間を読むということと、言葉の裏側をおしはかるということが、読み手側に楽しめる部分であり、そこを想定してもらわないと活きないわけなのね。今はそういうことがない。文字に書いてある…だから昔の人は「嫌よ嫌よも好きのうち」っていうのはあるんだけど、今の人は“嫌”なのは本当に嫌なのよ。好きのうちにならない(笑)。

――その言葉だけでその意味を決めてしまうと。

 そうなの。だから言葉の裏側にある思い、感情が伝わるということが今の言葉にはね…今の歌詞は凄く言葉の数が多くて、これを覚えて歌っていくのは大変だなって。その半分の言葉でこれだけのことを伝えられる、ということをやってきたのが私達の世代の音楽だと思うの。そこが現代ではなかなか難しいかなと。

――ヒップホップのような言葉が多い曲はどう思いますか。

 私はときどきラップの番組を夜中に観たりするんだけど、ラップって日本語を駆使して、バトルをしているときはそれで相手を打ちのめすわけでしょ? そして韻を踏んだり言葉遊びをしたりテクニックを出したり。ある種、日本語を熟知しているということがない限りそういった文言は出てこないな、というのを凄く感じることがあります。それが凄く興味深くて、「よく今の世代でこんな言葉を使うなあ」と、勉強しているんだなと思いました。そして、それがその世代の人にとっては格好が良いことになるわけじゃない? 若い世代の人達もそれを自分のものにしていくという意味では、ラップもけっこう面白いと思いました。聴いていて自分ができるとは思いませんけど(笑)。

――日本語って奥深いのですね…。

 そうよ。「I love you」という言葉も夏目漱石は昔、英語の教師だったときに「月が綺麗ですね」と翻訳しました。そんな有名な話があるけど、ただ「好き」とかそういうことじゃなく、同じ場面を共有している何かを愛でることによって気持ちを伝えるということもあるわけでしょ? その月が、彼女との共通項として印象を与えるということについて言えば、見ている同じ月が何と綺麗なんだろうというわけなんだから。

――ロマンチックですよね。

 ただ「好きだ」と言って抱きしめちゃうという今はけっこう即物的だよ(笑)。もう少し余韻があってもいいんじゃないのかなと。「月が綺麗ですね」と言って彼女にちょっと寄って手を握るとか、そういう感じが日本の言葉としては情緒感が溢れると思うの。

――翻訳というところでベット・ミドラー(米・歌手)の「The Rose」のカバー曲、「愛は花、君はその種子」は高畑勲さんの訳詞ですが、高畑さんの翻訳にも夏目漱石と似たような部分があったということでしょうか?

 そうです。<君は その種子>というタイトルには、若者に対する「君はまだ種だよ」という、どういう風にして花芽を出すのか、それは君自身にかかっていて、お日様の方を向くのか、どういう所で養分をもって陽に向かって芽を出していくのかという「君はまだ原石だよ」という意味合いがあるわけでメッセージソングとして若者たちに伝えたいです。

――未来は自分次第だと。

 「愛は花、君はその種子」の歌詞には<死ぬのを 恐れて 生きることが 出来ない>とか、何か先のことを考えて、<挫けるのを 恐れて 躍らない きみのこころ>というのがあります。みんなその前に自分でブレーキをかけている。だから躍れないし、生きることができないのは、その先を信じることができないから<死ぬのを 恐れて 生きることが 出来ない>と。

――深いですね。この曲を歌いたいと都はるみさんに相談されたとお聞きしました。

 この曲をはるみちゃんが歌っているのを聞いて、はるみちゃんに「私これが歌いたい」ということを彼女に話をしました。そうしたらはるみちゃんは「私はこの歌は、高畑さんから『君は太陽なんだよ。だから太陽のつもりで歌ってくれ』」と監督から言われたみたいで(笑)。でも、「よくわからなくて淡々と私は歌ったけど、これはあなたにいいかもしれない、歌いなさい」と私に言ってくださったんです。

――明治座でこの「愛は花、君はその種子」を間近で聴かせていただいて、感動しました。さて、来年は東京五輪がありますが、それに対して思うことはありますか?

 私は開会式とか閉会式とかに何か音楽的なことで関わりたいとか全然そういうことは思わないですね。もうそれは、そこで活躍して頑張っている人のものだと思うの。私が凄く楽しみにしているのは、野村萬斎さんがどういう風に日本の伝統芸能みたいなものを取り入れて、表現してくださるのかということなの。

 私自身はこの秋に観世能楽堂で自分の一人芝居をやるということで、日本人としてのベーシックをもう一度体感したいと思ってチャレンジしたいと思っているので、彼が全体を仕切る芸術監督になられたことは拍手を送りたいです。

――ご自身の50周年というところについても同じ思いなのですね。

 そうです。50周年、それは私のことでお客様には関係のないことだからね。私がどうやって歌ってきたかを皆さんに感じてもらえるコンサートをお見せできたらと思います。

(おわり)

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